「原稿を描くことと編集者」 担当編集の“あるアイデア”が作品の形を決めた
太平洋戦争末期のペリリュー島で生きる主人公らの日々を描いた『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』。「ヤングアニマル」で大人気連載中の同作は、はたしてどのように作られているのか。武田一義先生と担当編集・高村に、ネーム作りの裏側や取材のエピソードなど、作品の制作秘話を聞きました。
武田一義……『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』の作者。ほか、睾丸の癌の闘病生活を描いた『さよならタマちゃん』(講談社)など。
「ヤングアニマル」編集・高村……『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』担当。
『ペリリュー』はこうして誕生した! きっかけは一通のメール
――まず、『ペリリュー』の連載を始めるまでの経緯を教えてください。
武田一義(以下、武田):睾丸癌の闘病記『さよならタマちゃん』という作品を「イブニング」(講談社)で連載した後に、高村さんから執筆依頼のメールをいただいたんです。そのときのメールには「テーマはずばり、戦争です」とありました(笑)。
高村:そうでしたね(笑)。その頃「ヤングアニマル」では、終戦70周年の節目に合わせて戦争漫画の読み切りを集めた増刊号を企画していたんです。
武田:以前から、作家人生のどこかで“戦争”を扱った作品を描いてみたいという欲求はあったんです。戦争モノは、極限状態の人間が描けるいい題材だと思っていたので。でも、手を付けるのが大変な題材だからなかなか踏み出せなくて……。そんなときにお声がけしていただいたので、いい機会をもらったなと思いました。
――高村さんはなぜ武田先生にメールを出したんですか?
高村:『さよならタマちゃん』をはじめ武田先生の作品が好きでしたので、ぜひ一緒にお仕事がしたかったんです。戦争は難しい題材だけど、武田先生だったら一緒に資料を調べながら丁寧に描いてもらえるんじゃないかなと思って、気軽にお声がけしました(笑)。
武田:高村さんって、そういう方なんですよね(笑)。フットワークが軽いっていうか。『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』単行本1巻の帯コメントを、ちばてつや先生にお願いしている、と聞いたときは本当に驚きました。
高村:(笑)。青年誌の場合、他誌で活躍している先生でも、作品を読んで心を震わされればお声がけすることが多いんですよ。
武田:僕も編集の方とお会いすることはよくあるんです。中にはお話をしていてかみ合わないこともあるんですが、今回はすでに企画が存在していたこともあり、すぐに具体的な話になりましたね。
高村:めちゃくちゃ話が早く進んでびっくりしました(笑)。ペリリューの戦いは、いくつかあった題材のひとつで、亡くなった非戦闘員が少ない戦場であるとか、武田先生が表現したい部分にペリリューがハマっていて「武田先生なら踏み込んで描ける」と感じたんです。
武田:あと、ペリリューという戦場が、漫画にするうえでバランスがよかったんです。扱いやすいというと語弊があるけど、ペリリューを舞台にすれば戦争にまつわるいろんなエピソードを描けると思いました。
高村:ペリリューに詳しい太平洋戦争研究会の平塚柾緒さんという方が増刊の監修をしてくださっていたので、お話をお伺いすることができたのも大きかったですね。
担当の「4ページ増」アイデアが作品の形を決めた
――題材が「ペリリューの戦い」に決まってからの道のりは?
武田:ネームは結構、時間がかかりましたね。
高村:調べる必要がありましたらからね。武田先生に本を読んでいただいたり、平塚さんのお話を聞いたり、写真素材を選んだり……。
武田:絵を描くための最低限の資料は、専門家の方に用意していただくことができたんです。あとはペリリュー島に関する本や、ペリリュー以外の戦場で戦った兵隊さんが書いた体験記などをたくさん読みました。
――読み切りが掲載されて、連載はすぐ決まったのでしょうか。
高村:読み切りを描いていただいた後、武田先生に「もうちょっと描きたい」と言っていただいたんです。
武田:読み切りが掲載される前から「もっと描きたい」と思っていたんですけど、商業的に成立しにくい題材なので、連載となると編集部に二の足を踏まれるかも……という懸念はありましたね。
高村:編集長に相談したところ「ぜひ」と。そこからはとんとん拍子で進みましたね。
武田:読み切りから連載にいくうえで一番悩んだのは、連載をもたせるためのキャラクター作りでした。読み切りだったら「戦争は悲惨なことがある」というエピソードで済むけど、連載はそれだけではもたないから、キャラクターを作る必要がある。で、最初のネームに行き着くまでには二転三転しました。
――二転三転したのはなぜでしょう?
武田:自分自身で描いたものにダメ出ししてしまうんです。7割ぐらいの出来だと思っているネームにオーケーが出てしまうことが怖くて……。それで自分でボツにしちゃうことがよくあります。
高村:だからその分、私の方でネームを直すことはほぼないですね。
武田:連載1話目はほぼ最初のネームのままスタートしたのですが、その後の2話目で、高村さんがすごくいいアプローチをしてくれたんです。僕は20ページのネームを切っていたんですが、高村さんから「4ページ追加して、余韻を描いてください。それをこの作品の基本形にしましょう」と言われて。この4ページの追加は、『ペリリュー』にとってすごく大事なことだったと思います。
高村:20ページのネームでは、主人公がアメリカ軍の爆撃を受けてボロボロになった島を見て「えっ!」とびっくりするところで終わっていたんです。“ヒキ”っぽい感じの終わり方でしたね。
武田:4ページ追加したことで、ボロボロになった島を見た主人公のリアクションまで描いて2話目を締めることができた。そのおかげで、3話目以降がすごくスピーディーに進むようになったんです。高村さんからは「今後も24ページにして、起承転結の転ではなく結まで描いて次を始めましょう」と言われました。読み切り的な読後感が残る作品、という基本形を高村さんが作ったんです。
高村:とにかく作品を売りたかったので、たまたま読んだ人でもすぐ理解できるようにしたほうがいいんじゃないかなと思って、そのためのアイデアとしてお話したんです。でも、ネームに関してお願いしたことは、そこぐらいですね。ダメ出ししたことは、たぶん一度もないと思います。
武田:そうですね。さっき自分でボツにする、という話をしましたが、これから「マンガラボ!」に投稿する人には絶対にオススメしません(笑)。編集者は、6~7割の出来でもまずぶつけてほしいと思っているはず。一緒に100%の形に持っていくのが理想的だと思うんです。
高村:新人さんにはまったくオススメできませんね(笑)。
武田:だから僕はネームを提出したあとに、もし気になっている部分があれば、話すようにしています。
高村:原稿になったときにちょっと変わっている部分もありますよね。武田先生は100点に近づけるために日々取り組まれているので、僕らからするとありがたいです。
武田:1巻で描いた虹の見開きも、ネームの段階ではなかったけど、原稿で突然現れた(笑)。
高村:そういうことが多々あるんですよ(笑)。
打ち合わせからネームが変わる
――打ち合わせはどのようなペースでされているのでしょう?
武田:基本的には1話ごとに、喫茶店とかでしています。
高村:大まかに、巻ごとでストーリーを決めて、そのうえで個別の話を詰めています。武田先生にストーリーを考えてもらいながら、僕の方では資料を調べたり裏を取ったり、並行して。でも、ネームは打ち合わせから結構変わりますよね(笑)。
武田:変わりますね(笑)。先ほどネームから原稿のときに変わるという話をしましたが、打ち合わせのあとネームにするときも、がっつり変わることがあります。打ち合わせの段階だと詰め込みすぎちゃうんですよね……。これだけのエピソードを詰め込める、と思っていても、描き始めてみると、ここはふくらませるほうが大事だな、と気づくんです。
高村:入りきらないパターンですね。
武田:だから4巻以降は、ひとつのシーンを長く描くことが増えました。
高村:連載開始時から、3巻まではサクサクと進めましょうと言っていたんです。4巻以降になると、フィクション要素や漫画的演出が強くなっているので、読み味も変わっているかもしれないですね。
武田:たとえば主人公が仲間の性欲処理のために女性の絵を描いて配るシーンがありますが、あれも漫画的演出。でも実際に、他の兵士のエロ体験談を聞いて処理をする、というエピソードがあるんですよ。それがバックボーンになっています。主人公が絵を描く設定だから、エロ絵を描いて渡す話があってもいいかな、とアレンジしました。
高村:人間臭くていいですよね。絵を描いて渡す話も、ほかの軍隊ではあったみたいです。
武田:必ずしもペリリュー島の生還者の体験談に限っていないんですよね。きっと同じようなことは起こるだろうと思って、ほかの島の軍隊のエピソードも持ってきています。
現地取材は行き当たりばったり!?
――連載中は、実際にペリリュー島にも取材で行かれていますよね。
武田:連載前から行きたいねと話していたんです。でも、どれぐらい人気が出るか分からないし、最初から「行かせてくれ」と言うとハードルが上がりそうだから(笑)、作品のベースができてから行かせてもらえばいいかなと思っていました。ただ、3巻までは資料があるので描けるけど、そこからは難しい。で、高村さんが3巻以降を描くタイミングで取材に行きましょう、と提案してくれたんです。
高村:1巻の売れ行きが好調だったこともあって、そろそろかな、と。
武田:取材は4巻以降を描く助けになりましたね。高村さんは普段の会話から「こういうことが必要かな」と察してくれているんだと思います。
高村:それでスケジュールを調整して、見るポイントを決めて行きました。最初は僕ら2人だけでしたね。
武田:現地で日本人ガイドがほぼずっと付きっ切りで案内してくれて、非常に助かりました(笑)。
高村:2人で歩いて回れるだろうと思っていたけど、そんなことなかった(笑)。不発弾が埋まっている場所があったり、実は普通では気づかない穴が日本兵が潜んでいたほら穴だったり……勝手に歩いているだけじゃ見て回れなかった。たまたまうまくいっていますよね(笑)。
武田:ノープランで行きましたもんね。ギリギリで原稿あげて、行ってから考えましょうかって(笑)。
高村:地図を見ながら歩けるし、と思っていたんですが……(笑)。でもガイドがすごくいろいろなことに詳しい方で、今も現地の写真を送っていただいています。そういうところも、武田先生の人柄のおかげなのかなと思います。
担当からの信頼が自信につながっている
――武田先生が『ペリリュー』で伝えたい思いとはどんなことでしょう?
武田:僕らにとって、戦争をしていた軍人さん、というとどこか遠い感じがしますが、「この方たちも僕らとあまり変わらない人たちの集まりなんだ」ということが、究極的には描きたいことだと思います。
――では、高村さんからみた武田先生の作品の魅力とは?
高村:人間的に優れているのがすごいですね。あと、ネームを粘りすぎるという話がありましたが、武田先生には1本仕上げるのにここまで粘れるんだ、これぐらいやればしっかりした漫画になるんだ、ということを教わりました。
武田:高村さんからは基本的に信頼していただいていることが分かるので、それが自信にもなっているんです。
高村:タイプ的に合っているんですよね。ここをふくらませた方がいいんじゃないかなというポイントとか、意見が合いやすい。お互いに話が早いタイプだと思います。
武田:2人とも論理的なんですよね(笑)。前にお話した「4ページ増やす」ことも、高村さんの意図が明確で、分かりやすかった。高村さんは「なんとなく」の話をしないので、すごくありがたいんですよ。
――最後に「マンガラボ!」の投稿者に、メッセージをお願いします。
武田:100%の作品じゃないという気持ちがあっても、必ず完成させて編集者に見せてほしい。漫画家にひとりひとり個性があるように、編集者も個性が違う。怖がらずに挑戦してほしいと思います。作品を完成させるのって、本当に怖いんです。思いついたときが一番傑作で、具体化していくにつれ劣化していくから(笑)。プロになってもそれは変わらないんです。だからぜひ作品を完成させてほしいですね。
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